教育基本法第十条に関する質疑

 1948年の衆議院文教委員会の質疑より

 以下、圓谷光衞議員と森戸辰男文部大臣の質疑からの引用。

○圓谷委員 文部大臣に対しまして教育委員会法案提案の理由について二、三御質問いたしたいと思うのであります。
 政府が今回教育委員会法案提出の理由といたしまして、教育刷新委員会が中閣総理大臣に対してこの教育委員会法案の建議をされた。もう一つは米國の教育視察團の報告書によつて、有意義な勧告案がなされたので、これによつて提案をする。第三として教育基本法の第十條に教育は、不当な支配に服することなく、國民全体に対し直接に責任を負つて行われねばならぬということがあるので、この教育委員会法案を提出するに至つたということを、理由の第一段に述べておるのでありますが、第一に教育刷新委員会において内閣総理大臣に建議されたるところの建議案と、今回提出された委員会法案とは、相当にその間に違いがあると思うのであります。教育刷新委員会で建議されたものは單に参考にされたのであるが、また教育刷新委員会は、教育改革の重要なるメンバーとして内閣にこれを設け、この教育改革の問題は主として刷新委員会において決定されたのでありまするが、この辺のことは御参考にされたのであるか。またこれを基礎とされたかをお伺いしたい。
 第二審のアメリカの教育使節團の報告書は承知しておりまするが、この勧告案というものがどんなものでありまするか。このアメリカの教育使節團の教育委員会法案に対する勧告案というものは、私どももよく承知しておりませんが、お差支えないならば、この勧告案というものを私どもにお知らせを願いたいと思う。
 第三の「不当なる支配」――基本法の十條でありますが、これにまつてこの委員会法案を提案されなれればならぬという理由でありますが、そうすると從來は不当なる圧迫をしておつたということを裏づけておるのであります。どういう点に不当なる圧迫をされておつたのか、これを承りたいと思うのであります。
 第四番目に、この三つの理由に基いて、さらに根本的な提案理由といたしては、教育基本法に基いて、教育基本法第一條の目的を達成するためには、この委員会法を提出しなければならぬということをうたつてありますが、前の三つが提案の本質的の理由であるか、最後の教育の目的達成のために、この法案を提出しなければならぬという固い信念のもとに提出されたのでありますか。この教育基本法案の第一條の目的並びにこの第二條に示されてある教育の方針、つまり社会教育、家庭教育、その他時と場所において、あらゆる方面において教育をなさなければならぬという、この教育基本法の線に副うならば、この法案を審議する上において、これによらなければ、教育の民主化と日本のほんとうの教育が上らないということになるならば、この設置範囲において非常な開きができてくると思うのであります。すなわち不当なる圧迫やその他を中央集権より脱するならば、地方の都道府縣に留めても、またこれを是正することができる。本質的に國民全体の責任においてなすというならば、單に一万以上の都市と切つてあるが――このあとで再質問いたしますが、何ゆえに一万以上の都市でなければならぬかという疑問も起つてきます。そこの地方公共團体の基礎である町村まで入れなければ、これができないということになりますので、政府がほんとうにこの委員会法案を提出したところの根本原理は、もう少し文部大臣の御説明を聽かなければ納得できないと思うのであります。
 さらに第五といたしまして、一番あとの方に行きまして、以上三つの理由からこの法案を提出した、そして六・三制その他、地方の状況によつては経済その他の事情からして急速にできないが、町村においては二年間の余裕を置く、しかし都道府縣と市においては今年の七月一日から実施されて、十月の五日に選挙をやるということまでお述べになるのでありますが、これははたして文部省にこの通りにやるという自信をもつておりますか。今会期を終るまぎわにあたつて、余すところわずかに十日間きりない、しかも日本の教育の根本的革新であつて、この法案ほど重要なものはない、基本法以上に重要だと私は思つておるのであります。
 この審議をわれわれに今日と明日と三日間に日割をもつてやれというようなことは、私は初めからできないと思つておる。もしわれわれ國民の代表である議員が、この審議を三日間でできないというときには、いかにする考えであるか、ここには七月一日より実施する、法案がまだ國会において通過しないうちに実施する。これは予定でありましようが、確信をもつてこういうふうに実施されるお見込みであるかどうか、この五つの点についてお伺いしたい。

○森戸國務大臣 御質問の第一点は、刷新委員会が教育基本法に対する一定の建議を添えた答申をなしたのであるが、それがいかに用いられたかというお話でございます。御承知のように刷新委員会は、日本の教育刷新について、総理大臣に建議をいたし、あるいは答申をいたすことになつております。日本に教育刷新においては、この委員会の功績はきわめて大きく、私どもはその意見を十分に参酌いたし、殊に本教育委員会法案におきましても、その答申については十分の考慮を拂つたのであります、あるいはこれを基礎といたしたと申しても差支えないと思うのであります。しかし、これはこのままにこれを受け入れたというわけではないのでありまして、それは刷新委員会の答申だけでなく、その他の面におけるいろいろな請願、希望もあり、また関係方面ともいろいろ協議いたすべき点もあり、また文部省といたしまして文政に対する一定の考えもありまするので、これらを総合しながら立案をいたしたのであります。ただ刷新委員会は、先ほど申したような地位を占めた重要な委員会でありますので、この委員会の答申については、きわめて重要な関心をもつて立案をいたしたと申し上げるわけであります。
 さらにアメリカの教育使節團の勧告についてのお話でございますが、これは当時印刷されたものがありますので、お読みいたすより、あるいは差上げることができるのではないかと思います。
 第三には、基本法における「不当の支配」ということでありますが、この問題は、日本の過去の教育において、殊に戰前、戰時中の教育におきましては、日本の教育がいろいろ力で影響されておいたということであります。他面では中央集権的な文部行政における官僚の影響もございます。他面ではまた軍部等の支配が強く教育の上に及んだということは申すまでもないことであります。なおいわゆる地方における内務官僚の教育に及ぼした影響も、非常に多いのであります。これらのことは教育の自主制といいまするか、自律といいますか、それが非常に傷つけられたということがある。こういう不当な支配から教育は脱しなければならぬというところに観点があるのであります。從つて教育刷新の目標といたしております一つの大きな点は、教育の民主化と刷新に存しておるのであります。また先ほど申し上げました刷新委員会の方針も、教育使節團の勧告も、また基本法の私どもに示しておりますところも、いずれも同じ目標を指さしておるのでありまして、教育委員会法はこれらの方向、趣旨に從いながら、またわが國の現状の要請にも即しまして、教育刷新の重要な項目でありまする教育の民主化を徹底する方途として、地方教育の法案が考えられておるのであります。教育民主化の大きな方向は、一つは中央集権的な、いわゆる文部官僚の支配に教育が動かされるということについて、改められなければならぬという点と、他面教育以外の方面の力、戰前におきましては殊に軍部の影響、また内務官僚の支配というようなものからも教育が脱することが必要である、こういうような二つの線がありまして、從つて実は教育委員会法は、この二つの線から教育の民主化を行つていくということを目標といたしておるのであります。そこで中央の文部省の支配に対して、地方に権限を與える、また今日軍部はなくなりましたけれども、おそれることは地方のいわゆる一般行政からあるいは起るかもしれない危險に対して教育を独立させよう、こういうような方向を指さしておるものと御了承願いたいのであります。
 第五の点につきましては、非常に会期が迫つたときにこの法案が出た、しかも終りには七月一日と書いてあるが、はたしてそんなことができるかというお話であります、七月一日はもちろん予定でありまして、これは國会の御決定によらなければならないのでありますが、実はこの法案はそう急速に考えられたのではなくして、ずつと前から実は案としては考えられておりました。はなはだ私としては遺憾なのでありますけれども、予定の十日以前に國会に提出することができずして、期日が遅れまして――さきの委員会で松本委員長からも御質問がありまして、なぜ新聞記者に先に発表したかということでありましたが、これはよく聽いてみましたところが、誤解でありまして、まず法案は國会に必要な数だけ提出いたしまして、その翌日に新聞記者に発表したのでありますが、何かの手違いで皆さん方の手に渡ることが國会の方の都合で遅れたのではないかということでありまして、私どももそういうようなことを繰返さないよう努力するように、國会の事務の方面にもそのように轉えておるつもりでありますから、この点は御了承願いたいと思います。先ほども申し上げましたように、七月一日ということが書かれており、しかも会期が迫つてこういうことになつたのは、まことに遺憾であるというお話は、まことにその通りでありまして、私どもとしてもはなはだその点は遺憾に存じておるのであります。しかしこの法案は日本の教育民主化のためにきわめて重大なものでありまするし、その大きな筋におきましては、間接ではありますけれども、関心をもたれておられる方面には、大体の方向はおわかりになつておるところでありまして、私どもといたしましては、委員の皆さんに御迷惑をかけてまことに恐縮なのでありますけれども、急速に御審議をいただいて、國民の深く関心をもつておりまするこの教育民主化を盛つている法案が、議会において通過いたしまして、予定の方向に向つて地方教育の分権化が行われるように、皆さまの御協力をお願いしたいと思つているのであります。

以下、水谷 昇議員と森戸辰男文部大臣の質疑からの引用。

○水谷(昇)委員 ただいま局長から説明がありましたが、都道府縣の方の経費と、それから地方の方の経費を、たとえば市の方だつたら、一万を標準にしたら大体どれくらいの経費が要るのか、構成メンバーはどういうふうにするのか、それから五万ぐらいではどれだけ、十万ぐらいではどれだけといつたような標準を具体的にお示しを願いたいと思うのであります。今ただちにでなくてもよろしいから、その標準をお示し願いたいと思うのであります。
 それからこの際特に前に関連してお尋ねしたいのは、先刻私からも他の方からもお尋ねしたのでありますが、十分要領を得ませんから、重ねてお尋ねしたい。教育の民主化のために、教育が不当な支配に屈することなく、國民全体に対して直接に責任を負うて行わるべきであるという意味において、文部省も地方廳も監督権がないことに規定せられておりますが、この基本法のわく通りにいかないときには、これはどういうふうにするのか、非常に困る問題だと思います。文部当局としては、第一條に規定してあります不当な支配をするものなりということを是認しておるのかどうか。この点をはつきりお答えを願いたいと思います。

○森戸國務大臣 先ほどもお答えいたしましたように、日本の過去、殊に戰時中あるいは戰爭直前における日本の教育行政のあり方におきましては、一方では文部官僚、他方では軍部、内務官僚等の形で、地方の教育が不当な支配を受けたという事実は、否定することができないのであります。終戰後の教育刷新の時代におきましては、軍部はなくなりましたし、いわゆる内務官僚というものも、すでに昔の形ではなくなつたのでありまして、こういう不当な支配が行われる仕組というものは、きわめて少くなつたと解すべきであります。そして私ども文部当局にあります者も、不当な支配を及ぼそうという考えは毛頭ありませんし、そういうことはあり得べきはずはないと考えておるのであります。しかしながら、他面將來そういうような危險が全然ないということも確言できませんので、政府といたしましては、そういうことのないようにということが、この意図であるのであります。最も大きなねらいは、自分の子供を教育していこうという地方の人々が、直接に自分の子供を教える先生方について、自分の意思を表明し、教育委員会を通してこの意思に副うように、しかもそれは日本の國民でありますから、日本の國民の全体としての理想をもつておるのでありますけれども、地方々々によつてその理想が地方の状況に副いながら行われるということを、委員会によつて期待しよう、こういうところにあるものと存ずるのであります。