全国学力テストをめぐる噛み合わない議論

【金曜討論】全国学力テスト 澤田利夫氏、梶田叡一氏

 澤田氏と梶田氏の主張はどちらも一方通行で議論が噛み合っていない。直接議論したものではないからこうなのかもしれない。
 澤田氏は,全国学力テストの目的を

学力調査の目的は、学習指導要領の目標に照らして児童生徒の学習習得状況を把握し、今後の教育施策や指導改善に役立てること。

とし,抽出調査をと主張している。
 梶田氏は,全国学力テストの目的を

そもそも学力調査についての大きな誤解があって、単なる統計をとるだけの行政調査だと思われている。学力調査は一人一人の子供の学力向上に役立てるという考えに基づいてできたものだ。

とし,全員参加方式をと主張している。
 これを見るだけでも両者の議論が噛み合うはずがないことが分かる。こうなるのは,全国学力テストの目的について両者が異なる見解を持ち,そこから主張をしているのだから当たり前のこと。例えば,http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/100506/sty1005062008002-n1.htmの記事が典型的だけども,抽出調査か全員参加方式のどちらかを選ばせる際に,全国学力テストの目的をきちんと示さないまま選択させてもそれは意味がない。目的が異なれば適した方法も異なるのだから。
 全国学力テストについて,日教組云々という議論は遠いところで勝手にしてもらっていいのだけど,全国学力テストの目的がそもそも何かというところからきちんと議論をしていかなければならない。そうでなければ,議論はいつまで経っても噛み合わない。
 ここで梶田氏の主張について少し書いておきたい。梶田氏は,

学力というのは、どこの学校の、どこの先生の、どこの生徒の、というようにミクロの視点で見なければいけない。一人一人の生徒を指導して初めて学力のレベルが上がる。抽出方式だと、都道府県のレベルまでしかわからない。東京でも大阪でもそうだが、同じ都道府県の中でも実は地域によって学力に大きな差が存在する。市町村、学校、教室、生徒と細かいところまで把握することが何よりも重要だ。マクロの視点でお金と人を投入しても学力は決して向上しない。公立の小中学校を支えているのは市町村の教育委員会だということを忘れてはいけない

と述べている。
 まず,なぜミクロなところまで国が調査しなければならないのか。その根拠がさっぱり分からない。梶田氏は,「一人一人の生徒を指導して初めて学力のレベルが上がる。」とか「市町村、学校、教室、生徒と細かいところまで把握することが何よりも重要だ。」と主張する。そして「公立の小中学校を支えているのは市町村の教育委員会だということを忘れてはいけない」とも主張している。そうであるならば,地方自治体ごとや各学校ごと,クラスごとに調査を行うのが妥当で合理的なのではないか。国がミクロな調査をする合理的な理由が見当たらない。
 最近,地方が自分たちでできることを考え,それをやっていくべきということを繰り返し書いている。国がミクロな視点で調査するという合理的ではない梶田氏の主張がまかり通るのは,地方が自分たちのできることを考えたり,やっていくということをしていないからだ。ミクロな視点が必要なのは地方の方であり,国はマクロな視点でやっていて問題はない。
 調査には目的があり,それに適した方法がある。それを前提として議論をすべき。そして,合理性や妥当性について議論をすること。最初から日教組云々というレベルの議論に逃げないことが必要だ。そうしなければ,不毛で噛み合わない議論を続けていくことになり,問題は解決に向かわない。