全国学力テストの「意義」というもの

【解答乱麻】教育評論家・石井昌浩 学力テスト継続の意義

 全国学力テストは,強制的なものでもなければ,悉皆調査である必然性もない。
 アメリカの例で言えば,アメリカでは調査を充実させるために抽出調査を採用している。それが,日本では悉皆調査でとなる。数十億円という予算を毎年投入できるのであれば,アメリカのように調査項目の拡充や精度の向上のために抽出調査を行う方向に向かったとして何か支障があるだろうか。
 石井氏は,記事の中で

今も、もっともらしい理屈の反対論が繰り返されている。「3回目の調査で全国の学力水準や格差の実態が把握できたはずだ。事実、1回目と2回目は、ほぼ調査結果が固定化しているではないか。毎年50億円もの費用をかけて実施するまでもない。悉皆調査をやめて抽出調査にせよ」という抽出調査転換論は、見直しを装いつつ、本当は調査の廃止が狙いなのだ。

とし,さらには,

国の教育政策の基礎として継続的で精密な全国データを持つ必要がないとでも言うのか。無責任な話だ。

と述べている。
 石井氏は,全国学力テストが悉皆でなければ「継続的で精密な全国データ」が得られないようなことをもっともらしく述べている。しかし,それは間違っている。アメリカの例をきちんと見れば分かることだ。
 さらに言えば,全国学力テストの意義とか必然性を述べるならば,日教組を持ち出さなくてもいくらでも語ることができる。日教組を持ち出せば,もっともらしく「意義」について語ることも容易だろうと思う。けれど,その程度の,アメリカの例を見れば否定されるような「意義」を持ち出してまで擁護しなければならない悉皆の全国学力テストは何なのだろうか。石井氏は,最後に

悉皆調査継続の意義は、授業改善の取り組みを促し、子供たちに知識と応用力を兼ね備えた学力を身につけさせることにある。

と述べている。悉皆の全国学力テストは,魔法の杖ではない。悉皆の全国学力テストが無くても,授業改善をする道はいくらでもあり,子どもたちに学力を身につけさせる道はいくらでもある。そこに,次につなげられる「評価」があればもっといいと思う。そうしたことが様々なレベルで行われ,様々な取り組みが交流される機会が充実できればそれでいいではないかと思う。