不安社会の言説

【正論】犯罪心理学者・聖学院大学客員教授 作田明

 作田氏は、

 少年非行の専門家の間では日本人の社会的規範意識が諸外国に比べて極めて低いことがほぼ常識化している。
 社会的規範意識の低下が問題となるのは、重大な罪を犯した少年たちのほとんどにそうした現象が認められることが明らかになっているからである。
 仮に彼らが強いストレスや挫折、虐待やいじめにさらされたり、社会的な有害情報の影響を受けたり、攻撃的な感情が強まったりしても、それだけで凶悪な犯罪をひき起こすわけではない。常識では理解できないような異常な犯罪の発生にあたっては行為者の反社会的な性格の存在が決定的な要素となるし、その形成にあたって社会的規範意識の欠如が大きな基盤となることが想定できるからである。

と述べている。しかし、実際には作田氏自身「社会的規範意識の低下にもかかわらず、欧米と比較して日本には犯罪・非行が少ない」と述べているように、日本の犯罪や非行は欧米よりも少ない。
 作田氏は、

 欧米における殺人・強姦など凶悪犯罪の多発傾向は、おそらく人種・民族に根ざした生物学的要素と階級・階層の固定化による社会構造的要素に根ざしていると考えられる。

と述べ、日本と欧米との「違い」を強調してみせ、

 欧米に比べ、日本の犯罪率が低いからと言って最近の道徳意識の低下傾向に目をつぶるわけにはいかないであろう。

という。
 作田氏の言う、欧米の凶悪犯罪の多発傾向の要因は一面的な見方でしかない。こんなものを信じる人は少ないだろう。
 作田氏は、欧米では生物学的要素と社会構造的要素とが凶悪犯罪の要因であるとしながら、日本の場合は規範意識の低下が要因という。なぜ、日本では欧米のような要因ではなく、規範意識の低下が強調されるのだろうか。どうしても、何とか説明をつけるために規範意識の低下を要因としてあげているとしか思えないのだが。
 規範意識の低下を様々な問題の要因としてあげると、誰もそこから逃げ出せなくなる。誰も彼も、犯罪者予備軍、犯罪者を育てる側となる。自分は規範意識が高いからと言って、そこから逃げ出せる人は少ない。誰も彼も巻き込むことで、不安は増大する。そうやって増大化した不安から逃れるために、強力な力で不安の要素を取り除いてもらうか、そこから自分だけを逃がしてもらうという方法を模索し始める。それが不安社会のからくりだ。