ただの誤解かそれとも意図的なものか

教育再生 民間タウンミーティングin宇都宮」の内容紹介(その1)

 宇都宮で開かれたという教育再生機構のタウンミーティング。ここで語られたことについて少しだけ書いておきたい。
 まず、八木秀次氏は主催者代表あいさつの中で

 この種の会合が、かつてイギリスでも開催されたことがありました。1960年代末から70年代にかけて教育に関する集会がイギリス全土で開かれ、教職員、保護者、政治家、宗教家などが一堂に介するなか、今、イギリスの教育を立て直さなければ、イギリスはこのまま衰退するとの強い危機感のもと、いわゆる「英国病」に対抗するために様々な具体的な代案が提起されました。また、教育の危機的な現状を告発する運動も展開され(「教育黒書運動」)、こうした親や地域団体が多数集まって民間から声を上げた運動の結果、サッチャー政権が誕生し、イギリスの教育改革は開始されたのです。

と述べている。八木氏の言う「教育黒書」については、以前、http://blog.livedoor.jp/kaikai00/archives/50097180.htmlで新井浅浩氏の

 「教育黒書」は、初等教育中等教育、高等教育について、それぞれを批判したもので、1969年を皮切りに合計5回にわたり出版された。最初の二つの編著が大学の教員であり、当時学生運動が大学教員たちの頭を悩ませていたこともあってか、最初の「黒書」は大学問題が中心であった。その中には、初等学校で権威を尊重することを教えないことが、学生が大学で無秩序になる原因であると主張する論稿もあった。その後の「黒書」では、初等教育の在り方や中等学校における総合制化に批判の中心が移行した。ライト(Wright, N.)による入念な調査により、「教育黒書」に載せられた論稿の事実には多くの誤謬、不正確、偽り、矛盾、混乱があったことが明らかにされた(*)。

(*) Wright, N., Progress in Education, Croom Helm, 1977, pp. 139-140

という指摘を紹介したが、こういうことについては全く触れられることはなく、自分たちも同じようなことをやるのだという。
 そして、ここに掲載されている意見の中でもっともおかしいのが和田秀樹氏の次のような意見だ。

 イギリスは国民全体が自信を失っていたことが一番問題だった。かつて世界に冠たる大英帝国であり、世界を支配する国であり、アメリカもイギリスが作ったとか、しかし、豊かになった中で目標を失っていき、あるいは自信が欠如していったという点で、今の日本と似通っている。「バック ツウベイシック」、教育は基礎に帰る必要がある。かつての日本は今のフィンランドのように誰に強制されたのでもないのに学ぶ能力や意識が非常に高かった。世界で初めて長編小説を書いた国、鉄砲が入ってきたら戦国時代には世界中の85%の鉄砲を作っていたとか、過去を振り返って自分たちがすごい国だった、勉強の好きな努力する国だったというコンセンサスをわれわれの間で作ることが最も大事だ。
 こうしたミーティングを繰り返すことで、イギリスでも教育が一番大事だというコンセンサスができ、サッチャーだけでなくブレアも就任時の抱負として「エデュケイション、エデュケイション、エデュケイション」と述べたが、じつはその過程の中にイギリスは本当はこんな国ではない、自分たちが本当は優れた国なのだという意識があった。しかし、今日本の自信を伝えていく手段があまりに少ない。NHKの「プロジェクトX」が、マネー敗戦のときに自信を失ってアメリカ型の経済に走った日本人に対して、だが日本人にはこんなにすごい人たちがいたことを教えてくれた。こうしたメッセージを発することが近現代史の教育として重要なのではないか。

 まず、和田氏はイギリスの話を冒頭に持ってくる。そして、「「バック ツウベイシック」、教育は基礎に帰る必要がある。」のあと、フィンランドの話に入る。
 ちなみに、イギリスではここで書いたように、サッチャーの教育改革の一つであるナショナルカリキュラムの導入後基礎学力は低下している。和田氏がそのことを知っていてイギリスからフィンランドの話題に移ったのかどうかは定かではない。
 この後の話でフィンランドが本当に「誰に強制されたのでもないのに学ぶ能力や意識が非常に高か」いのかどうかは置いておくとしても、「世界で初めて長編小説を書いた国、鉄砲が入ってきたら戦国時代には世界中の85%の鉄砲を作っていた」のは日本が勉強の好きな努力する国だったからというような話はおかしい。また、和田氏は受験圧力の低下が学力の低下を招いたということを以前述べていたと思うが、受験圧力は誰かの強制というものではないのだろうか。

 こうしたミーティングを繰り返すことで、イギリスでも教育が一番大事だというコンセンサスができ、サッチャーだけでなくブレアも就任時の抱負として「エデュケイション、エデュケイション、エデュケイション」と述べたが、じつはその過程の中にイギリスは本当はこんな国ではない、自分たちが本当は優れた国なのだという意識があった。

と和田氏は述べている。確かにイギリスの教育改革の動機には過去の威信を取り戻すというものがあった。しかし、イギリスのサッチャーの教育改革とブレアの改革とをこう簡単に連続したものであるかのように説明するのは、これまで何度か指摘してきたが、間違っている。
 大田直子氏が、地方公聴会

 また、安倍首相の個人的な文書が教育政策の動向に大きな影響力を与えてしまうような状況も問題であると思います。特にイギリスがその場合教育改革のモデルとされ、あたかもサッチャー教育改革が成功したかのように喧伝し、サッチャーが一九八八年教育改革法を成立させ、四四年教育法を改正したために成功したのだという極めて恣意的な単純化した論調で現在の教育基本法改正を正当化するというような論議というのは、まじめにイギリスの教育政策分析に取り組んできた者として見過ごすことのできない多くの問題を抱えていると思います。このような単純な見方が流布してしまうことに非常に憤慨しています。

と述べたように、八木氏も和田氏もイギリスの教育改革について「極めて恣意的な単純化した論調」を展開している。安倍首相の著書についてもこのブログで批判をしたが、都合よく他国の例を引いてくるのは我田引水であり、そういうもので自分たちの主張を正当化するのは間違っている。