読売新聞は与党にも同じことを言えるのか

福島県知事選]「教育基本法とは何の関係もない」

 各候補者が選挙戦で訴えたのは「県政刷新」だった。それなのに、その選挙結果がどうして教育基本法改正案の審議に影響を及ぼすと言うのだろう。

 理解に苦しむのは、選挙結果を受けた民主党などの言動である。

 民主党鳩山幹事長は、「教育基本法改正の論議をやり直せというメッセージだ」と語っている。与党側が今週後半の衆院通過を目指す教育基本法改正案について、採決を阻止する考えをほのめかしているのだろう。社民党も「国会内での戦いを強化する」としている。

 だが、教育基本法改正案は、選挙戦の争点にはなっていなかった。

 そもそも、佐藤新知事は民主党色を薄めることに努め、「県民党」を標榜(ひょうぼう)していた。演説でも、県政刷新のスローガンや地元の課題に終始していた。無論、保守層の反発を買うような「教育基本法改正反対」を力説する場面はなかった。

 民主党は、先の衆院補欠選挙で完敗したダメージの回復に少しでも役立てたいのだろう。だが、地方選挙である知事選の結果を教育基本法改正案と結びつけるのは無理がある。

 「論議をやり直せというメッセージ」などと言うことは、牽強付会(けんきょうふかい)以外の何物でもない。

 今回の福島県知事選で与党の候補者が当選していれば、与党は教育基本法改正案の採決を与党単独でも行う可能性が高かった。もし、そうなっていたとしたら読売新聞は与党に対して「県知事選と教育基本法改正の審議とは関係ないだろう」と批判しただろうか。
 郵政民営化の問題が争点となった総選挙。あの時明確にこれが争点になったと言えるのは郵政の問題しかない。それにも関わらず、与党はそれ以外の問題でも「国民の信を得た」と主張してきた。それを読売新聞は批判してきたのか。
 国政選挙だけでなく、地方自治体の選挙でも、様々な公約が候補者から出てくる。出てきた公約の中で、明確にこれが争点だった、これは争点にならなかったという区別をつけることをしてきただろうか。これまで、選挙で多数の議席を占めること、当選することでその候補者や所属する政党の主張が支持されたものとして考えてきたのではないか。それは今後も変わらないだろう。だからこそ、選挙は安易な投票行動は慎まなければいけない。
 読売新聞の社説は、選挙の意味を都合よく解釈し、それこそ「牽強付会」な主張をしているのではないか。福島知事選の結果がどうであろうと、沖縄知事選の結果がどうであろうとも教育基本法改正案の採決は「拙速」な行為であることは変わらない。