学習指導要領の記述云々という問題

 よく、安倍氏や山谷氏などは、学習指導要領から外れた教育が行われている。大問題だ。なんて言う。
 公立、私立を問わず、特に進学校などでは、学習指導要領などで決められている必修教科や単位数をきちんと守っている学校がどれほどあるだろうか。例えば、世界史は必修科目だ。だけど、世界史の授業はほとんど受けてないという学生がいる。明らかに学習指導要領から外れた教育が行われている。
 でも、そういうものは安倍氏も山谷氏も問題にしない。学習指導要領の記述を本当に厳密に守らせようとするなら、受験のためという理由であっても、学習指導要領の記述通りにカリキュラムは組まれなければならないはず。しかし、そういうのはほとんど問題にされない。なぜか。そういうところには関心がないし、そういうところを批判しても何の利益にもならないからだ。
 教育は学習指導要領や法律に書いてあるからやる、書いてないからやらなくて良いというような基準でするもんじゃない。学習指導要領に記述が無くても必要ならやらなきゃいけないし、記述があってもやらなくて良いことだってある。柔軟に対応できるのが一番良い。
 自分の関心のあるところでは学習指導要領の記述を絶対視し、自分の関心のないところは問題にしない。そういう自分勝手な主張はまやかしにすぎない。