教育基本法第十条について(不当な支配とは)

 田中耕太郎「教育基本法の理論」からの引用

 次に「不当な支配」というのは何を意味するのであろうか。この表題はきわめて漠然としていて、その正確な概念決定は不可能である。一体この規定を守らなければならないのは誰れであるか。この規定に「教育行政」という表題がついている以上は、これは国および地方公共団体という、教育についての公の権力を行使する権限をもっている者が対象になっていることは疑いがない。だからして教育上の権限をもっている者例えば文部省や教育委員会の処置であるからといって、不当な支配にならないとはいえない。国政全般について立法権をもつ国会であっても、教育(教育行政をふくめる)に対する不当な支配をおよぼすような法律を制定する場合があり得ないわけではない。ただ国会をふくめて上述の公の機関の行為に関して、ある者はこれを正当とし、他の者はこれを不当とし、これについて論争がおこり、これを正当とする者は公の機関の行為を無視して行動しかねないのである。従ってかりにある者が不当な支配だと考えても、この場合に順法の精神からして公の行為を尊重して行動しなければならない。不当な支配の禁止は公の機関に対しては立法や行政の規準を示しているにすぎないのであり、政策的、プログラム的以上の意味をもっていない。従ってこれは不完全規定といわなければならない。
 しかし不当の支配を教育におよぼし得る者は必ずしも公の機関ばかりではなく、すべての社会的勢力例えば政党、労働組合、その他の団体や個人にも由来することがあり得る。また、私立学校に関しては、例えば学校法人の理事者のごときものについても同様である。団体についていうならば、それが教育に関する団体でなければ(例えば労働組合のごときもの)本来法的には教育に関する活動をなし得ないわけであるが、わが国においては団体は自己の目的を逸脱して行動している場合がはなはだ多く、かような団体が教育の問題に干渉し、教育に不当な支配をおよぼすことがまれではないのである。かような場合に、不当な支配の内容が他の法令の規定に反する場合は格別として、本条に違反する者はそのことだけで以て特別の責任を負わせられることはない。この点においてもこの条文は不完全規定である。なお公の機関以外の場合に「支配」という用語を用いるのは適当ではないが、この場合には広く解し、影響を及ぼすような行為をもふくむものと見なければならない。
 支配が不当であるかどうかは、教育基本法の精神からして判断すべく、これを一々具体的に説明することができない。例えば人種、信条、性別等によって教育上差別を設けるような教育上または教育行政上の措置を国や地方公共団体が行ったり、私的団体や個人がかような運動をおこしたり、教育者を圧迫したり、ファシズム共産主義のような民主主義に反する思想を学校内で宣伝したり、その他学園を政治的闘争の舞台にしたりすることはこの禁止にふくまれることは明白である。