キャリア教育について

岩波講座 現代の教育〈第12巻〉世界の教育改革

岩波講座 現代の教育〈第12巻〉世界の教育改革

熊沢誠 「就職の現実」のなかで熊沢氏は次のように指摘している。

 現代日本の教育の最も深刻な問題は、新しく就職する若者の圧倒的部分を占めるいわゆる「三流大学」以下の学卒者が、一般教育の延長を中心とした学歴の高まりとともに保証されるはずであった職業選択の自由を事実上、教授しえないでいることだ。ノンエリートの若者たちは<学校関係の成功>から遠ざかる程度に応じて、高校進学の際すでにそうであったように、ふりわけられて受動的に、ブルーカラー労働やサービス職、販売や事務でもキャリア展開の乏しい職域に入っていゆく。この受動性がまた、それら地味な職業を仕事内容や労働条件において改善する営みに向かわせる気力を奪っており、そこでの雇主の専制をいっそう強めている。こうして地味な職業で働くことのしんどさは再生産され、それがまた教師たちをひたすら<学校関係の成功>の督励に向かわせるのである。もっとも教師たちは一様に「職業に貴賤なしだが…」と口ごもってつけくわえるけれども。
 生じている事態を凝視するならば、今の教育に不可欠のものは高校段階での内容豊かな職業教育の展開であろう。いや、ふつうの大学でもそうだといってよい。その「内容ゆたかな職業教育」は、まずノンエリート青年男女が卒業後に就く可能性の高いさまざまの仕事の確かな意義と尊厳、それぞれの職業の歴史と文化、そして日本的経営のフレキシブルな職務割当てに則した幅広い技能を教えなければならない。この幅広い、今の技術革新に対応しうる技能教育という点では、現在の職業科でも決定的に不十分だと現場の教師たちはいう。
 内容ゆたかな職業教育は、しかし次には、そうしたさまざまの職業に関する現実、労働者の仕事に許される裁量権の程度、労働条件や労働環境のようすなどを、「暗い」側面も含めて欺瞞なく語らねばならない。臨時には実際の職業人を教師とし、労働現場を教室とすることも必要であろう。そして、こうして職業生活の現実が生徒たち、学生たちにひきあわされた上で、内容ゆたかな職業教育は、その現実のなかでもノンエリートの若者たちがゆとり、仕事のやりがい、よりましな労働条件など、継続的な職業生活に不可欠なものを獲得できるようなすべを示唆しなければならない。その職業の人びとが生活を守るために展開してきた運動の歴史や実例、今の若者たちには疎遠になっている労働基準法労働三権、労働の安全と衛生に関する現行の、またはあるべき規制などがカリキュラムの必須の要素となるべきことはここにいうまでもない。

 現在盛んに行われているキャリア教育は、熊沢氏の言葉を借りていうなら次のように言うことができる。「ノンエリートの青年男女に日本的経営のフレキシブルな職務割当てに則した幅広い技能を教えたり、若者たちがゆとり、仕事のやりがい、よりましな労働条件など、継続的な職業生活に不可欠なものを獲得できるようなすべを示唆する教育」ではなく、「ノンエリートの青年男女が、ふりわけられて受動的にキャリア展開の乏しい職域に入っていゆく」ための覚悟を促し、厳しい現実を教え、その現実に自分を適応させるための教育になっている。
 現在のキャリア教育は、受動的な人材を育成している。そうではなく、主体的に社会に働きかけていくことのできる人材を育成すべきだ。そのためには、キャリア教育を熊沢氏の言うような「内容ゆたかな職業教育」に変えていくことが必要不可欠だ。