テストの負の側面にも目を向ける

[asin:4820803719:detail]

 二宮衆一「イギリスにおける学力向上政策の動向―ナショナル・テスト体制の導入は学校現場に何をもたらしたのか―」より引用。

 ロンドン大学名誉教授のポール・ブラック(Black,P.)は1998年に発表した「Inside the Black Box」という論文の中でテストの否定的教育効果を子どもたちの獲得する学習観に注目しながら次のように指摘している。たとえ学習内容に関する子どもの理解を促したり,深める意図を教師が抱いていたとしても,学習効果がテストによって評価されるならば,そこでの学習は暗記学習や表面的な理解をもたらす学習にしかならない。さらに学習の成果が点数や順位によって表され,かつそのことが強調される場合,子どもたちは高い点数を取るため,順位を上げるために学習するようになり,その結果,子どもたちは自らの知識を深めることではなく,他の子どもよりもよい点数を取り,勝つことを学習するようになる,というのである。
 このブラックの指摘は,その後いくつかの研究によって実証的に明らかにされている。イギリス教育研究協会(British Educational Research Association)の研究部会であるARG(Assessment Reform Group)が2002年に発行した「テストと動機,学習」には,そうした実証例がまとめて整理されている。この報告の中でARGは,ブラックの指摘した子どもたちのテスト化ともいうべき現象を実証的に確認するとともに,そこから派生する問題として学習意欲と学力格差の問題も指摘している。学習意欲の問題については,テストによって低学力の子どもの自尊感情が損なわれる事実が取り上げられている。それによれば,テストに向けた学習指導を受けているにもかかわらず,テストでたびたび悪い評価を受ける子どもは,成績の悪さを教師の指導ではなく,自らの学習能力の低さと結びつける。そして,そうした子どもは,その自尊感情の低さゆえに次第に学習意欲を失い,学習から遠ざかっていくというのである。ARGは,さらにそうした学習意欲の問題が学力格差を生むと指摘する。学習能力が低いと自己を評価する子どもは徐々に学習意欲を失うのに対して,テストでよい成績を得た子どもは自信をつけ,学習意欲を高めていく。こうしてもともと存在した子どもたちの間の学力差はテストによる動機付けを媒介に次第に大きなものとなっていく,というのである。