役割の明確化を無責任にしないために

 学校がどのような役割を果たすか,家庭がどのような役割を果たすか,地域がどのような役割を果たすか,どこそこはどのような役割を果たすか。それが明確になり,その役割だけを期待されるならそれはいいかもしれない。しかし,互いにその役割を果たさなければ,それは機能しない。
 役割が明確になれば,それ以外の領域には責任を負わない。それが他の領域への無関心へとつながれば,それは無責任の構造になりかねない。
 互いの役割が曖昧だからこそ,互いのことを理解しようとすることがまず必要になる。それをしないまま,互いに罵り合って,不信感を深めている。そして,そうした構図へと意図を持って導こうとしている勢力がある。
 役割を明確にすることよりも,そうした構図へと引き込まれないためにも,相互の理解を深めることがまず必要なのではないだろうか。そのためには,飾ることなく,不毛なスローガンや論を持ち出すことなく,互いに向き合うことだ。