今回の全国学力テストは過去と比較できるか

 ここで述べることは私見に過ぎないので、読まれた個々人で判断していただければと思います。そのことをまずお断りしておきます。

 一週間ほど更新をしないと考えていたのですが、様々な方からコメントをいただいていて、それに対するお礼と、返答をここでまとめて行いたいと思います。
 KGさん、taketyannさん、小学生の父親ですさん、コメントありがとうございます。
 さて、今回の学力テストが過去と比較することで、どのような意味を持つのかをここで考察しておきたいと思います。
 本田由紀「90年代におけるカリキュラムと学力」『教育社会学研究』Vol.70(20020515) pp. 105-123のなかで、本田氏は、
 

「学力」が実際に「低下」しているかどうかを検証するためには、(1)同じ内容の「学力」調査を、(2)学年や地域などの特性が同じで、(3)母集団を代表しうる大規模な対象に対し、(4)複数時点で実施したデータが必要である。

と指摘する。(引用元の論文では機種依存文字が使用されているので、そこは改変している。)
 では、その条件が今回実施された全国学力テストでも当てはまるのかを考えなければならない。
 まず、(1)の条件について、今回実施された全国学力テストは、現行の学習指導要領を基にして作成されている。そのため、40数年前のものと比較するとなった場合、最低でも必要な条件は、学習指導要領の変遷の影響がないこと。その問題の解答の際に必要となる知識等が同じであることだ。
 40数年前の学力テストがどのような問題であったのか、明らかではないので断定できないが、可能性として先ほど挙げた最低条件を持たした問題が存在する可能性はある。しかし、それは現時点で可能性の域を出ない。

 (2)の条件について。40数年前の全員参加の学力テストは、http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/031/shiryo/05120201/010.htmにあるように、当初は抽出調査であった。しかし、中学校では、昭和36〜39年は悉皆調査が行われている。
 では、今回の場合、小学六年生と中学三年生が対象となり、公立学校においては、ほぼ全員が参加した。
 まず、悉皆調査であることを前提とすると、学年が同じ条件なのは中学三年生は該当する。抽出調査も含めて考えると、小学六年生も該当する。
 ただし、先ほども指摘したように、学習指導要領の変遷があり、同学年でも既習事項が異なれば、同じであるとは言い切れない。
 次に、地域の特性について。地域の特性という言葉は、本田氏の論文では特に定義されていないので、具体的に何を想定するかによって意見が分かれるだろう。広義の意味での地域の特性で考えれば、40数年前も今回もどの都道府県でも実施されているので、同じだと考えることができる。しかし、地域の人口、経済状況などが変化しており、その変化が学力に与える影響があるとも考えられるために、同じであると断定することはできない。

 (3)の条件について。40数年前の学力テストも今回の学力テストも、中学生に関しては、悉皆調査であり、ほぼ同じであると考えられる。
 しかし、ここで、本田氏が言う、「母集団を代表しうる大規模な対象に対し」というのは、統計学的な裏付けのあるものとしてということを想定している。そう考えるならば、この条件を満たしているかどうかは、細かいデータを見なければ断定できない。

 (4)の条件について。この条件は、(1)〜(3)までの条件が同じでなければならない。40数年前の学力テストと、今回の学力テストが(1)〜(3)までの条件が同じであると断定できない以上、この条件が当てはまるということはできない。

 以上、検討してきた結果、「40数年前の学力テストと今回の学力テストが比較可能性がないということではない」という曖昧な結論しか導き出せない。それは、詳細なデータがないからだ。今後もし、詳細なデータが出てくれば結論は変わる可能性がある。

 そして、もう一つ。40数年前と今回とを比較する意味について考えたい。
 今回の調査では、質問紙調査法も取り入れられた。その理由は、学力に影響を及ぼしている要因に対する視点が重要であると考えられており、それらを分析することで、単に狭い意味での教育の問題だけではなく、いわゆる格差の問題のような社会的な問題への取り組みも可能となるからだ。
 40数年前と今回の大きな違いはそこにある。そして、その違いは「両者を比較する」という意味においても大きな意味を持つ。
 40数年前と今回の学力テストで比較可能なのは、先ほどまでに述べてきた条件を満たしたということが前提で、得点を比較することだけだ。
 そこから導き出せるものは、授業時数等の変化など、数値として明らかにできるものによる学力の変化について。しかし、厳密に比較しようとすれば、比較可能なものは限られるし、導き出された結果に基づいて教育施策の変更等を行うとしても、限られた範囲でしかない。
 今回の学力テストは、「義務教育における機会均等や全国的な教育水準の維持向上」という観点から実施されている。そこには、単に教育という限られた問題ではなく、社会問題であるという視点がある。
 そうであるならば、40数年前との比較によって導き出されるものが、狭い意味での教育問題に関するデータしか得られないなら、その意味は大きいとは考えられない。

 以上のことを踏まえて考えると、40数年前と今回とを比較するというのは、学力云々を論じるために行うには非常に難しいものであり、かつ、その意味は小さいと考える。