いただいたコメントへの返答

 小学生の父親ですさん、コメントありがとうございます。いただいたコメントにここでまとめて返答します。

http://d.hatena.ne.jp/kaikai00/20070425/1177477785
http://d.hatena.ne.jp/kaikai00/20070425/1177451991
http://d.hatena.ne.jp/kaikai00/20070425/1177451446
http://d.hatena.ne.jp/kaikai00/20070425/1177432941
http://d.hatena.ne.jp/kaikai00/20070425/1177431247

 まず、「当事者」ということについて。私は、当事者として関わるということは、何でも駆り出されたり、何でも出て行くということではないと考えます。私は、自分たちの役割を互いに確認し、その中で責務を果たすということが当事者として関わることだと考えます。
 今回の全国学力テストに関していえば、当事者である保護者の意見がきちんと反映されているとは思っていません。犬山市の保護者の大半が学力テストに参加することを望んでいたとしたら、それをきちんと表明されるべきだし、そういう要望を出せる仕組みを設けさせることが必要だと思います。
 当事者として関わるというのは、そういう行動を起こすことであると思いますし、それは当事者として当然の行為であり、批判されることではないと思います。

 次に、全国学力テストが全国規模でなければならないということですが、なぜでしょうか。例えば、二つの地域で比較する場合、比較対照地域がほぼ同じでなければ比較は出来ません。様々な調整をしたとしても、そこで比較できることは限られます。対象地域が増えれば増えるほど比較は困難となるし、比較できることも限られると思います。それは間違った考え方でしょうか。
 また、いわゆる「ゆとり教育」なるものを今回のテストで検証出来ません。それは、「ゆとり教育」自身曖昧なものであり、何より比較対照できるものがないからです。
 また、個々の子どもの評価を問題とするなら、必要な情報は、他との比較による情報ではありません。子どもがある問題で誤答したとして、それを分析し、対策を講じるというのが、個々の子どもにとって現実的で重要なことだと思います。それは、全国学力テストでなくてもできます。
 もし、私が競争を否定していません。必要な競争はしてもらって構わないと思います。http://d.hatena.ne.jp/kaikai00/20070423/1177271321で書いたように、今回の学力テストは競争の必要がないものです。もし、競争が必要なら、必要な情報は偏差値ですね。しかし、そういう情報は全国学力テストでなくても得られると思います。
 また、民間のテストのほうがスピードもあり、過去との比較なども容易なので、今回の学力テストより得ることの出来る情報は多いと思います。

 次に、学校評価と教師評価についてですが、今回の学力テストでは出来ません。それは、質問紙調査の項目を見ていただければ分かります。教師がどういう指導をしたか明確になりませんし、一部の学年の子どもの学力を見ただけで学校を評価するというのは、仰るとおり独断と偏見による評価になり、何の意味もありません。それより、保護者の方々のほうがよほど、きちんとした評価が出来ると思います。

 安倍首相の私的諮問機関である教育再生会議は、困難校に教員を加配することを提言すると言われています。まだ、全国学力テストの結果が明らかにならない段階でそういう施策が提言できるというのはおかしいということにならないでしょうか。
 全国学力テストの結果を見るまでもなく、教員の加配については必要であると言われてきましたし、その効果を実証するなら、小規模の調査をいくつか行うことで可能だと思います。ですから、全国学力テストとその提言は関係ありません。
 データを教育施策に生かすと言うなら、きちんと結果を見たうえで政策は提言されるべきです。しかし、「ゆとり教育」の見直しも、道徳教育の導入にしても、それは実態をきちんと把握したり、効果を実証することなく提言されています。

 最後に、私の素性についてはどのように考えていただいても構いません。ここでは、教育問題について、必要に応じて調べたり、論文などを読んで思ったことを書いています。これからも、それは変わりません。

(追記)

 まず、教育について当事者である保護者が意見を表明することは教育基本法などによって保障された当然の権利であると考えます。
 犬山市教委を例に考えると、犬山市教委が全国学力テストに不参加であると言うような報道が出て、全国学力テストの実施までにおよそ1年あります。犬山市教委は、様々な機会に考え方などを説明しています。その際に、市教委が全国学力テストの是非について意見を聞くような機会を作らず、一方的に説明して終わりというものであったならば、批判されるべきです。市教委は、各学校ごとに説明と意見を聞く機会を設けるべきであったとも思います。それは行政の側の当然の責務だと思います。
 保護者の側は様々な形で、意見表明は可能だと思います。例えば、市教委に直接出向いて行うこともあれば、間接的に書面等で行うことも出来ると思います。各学校のPTAなどの会合の際に、市教委の出席を要望するということも考えられます。マスコミを通じてということもあります。議会などを通じてということもあります。どのような形で意見表明されるかは、都合などにより変わると思います。
 それでもなお、非現実的というお叱りを受けるかもしれませんが、様々な形で保護者が意見表明する機会をまず増やすべきだと思います。行政は、そういう仕組みをきちんと整備すべきだと思います。犬山市教委は、犬山の子どもは犬山で育てるということを言っています。そうであるなら、犬山市教委は保護者がもう少し、様々な過程に参加できる仕組みを作るべきだと思います。

 小学生の父親ですさんへ。明日からブログの更新はしませんが、本日の夜までのコメントには必ず返答いたします。

追記

 小学生の父親ですさん、コメントありがとうございます。新たにいただいたコメントに返答します。
 まず、私が前の追記の冒頭で権利があることを言及したのは、次の理由からです。
 当事者として保護者の方々が意見表明をすることはその権利に基づくものであるということ。そのような行動について教育委員会が取り合わないことは、その権利の行使を妨げることであるということを確認したかったからです。
 また、学力テストの結果が教育の施策に反映されるのであれば、学力テストの問題は非常に重要な問題であると思います。ですから、当事者である保護者がそういう問題には関心を持っていただきたいと思うし、参加、不参加と言う問題についてだけでももう少し議論なり、行動なりがあって良いのではないかとも思います。
 当初から何度も指摘してきたことですが、行政の側、教育委員会だけでなく、文部科学省にしても、学力テストの問題についてきちんと説明したり、意見を聞くという機会をほとんど設けていません。当初から何度も指摘してきました。それは、当事者である子どもや保護者に対する誠実な対応を怠っているのだと考えています。
 また、そういうことを国がやっているときに、それ自体問題として認識されない。教育の問題が国や一部の問題としてしか議論されないのはおかしいと考えます。学力テストの問題を当事者が議論したり、何らかの意見表明をすることは、自分たちで教育の問題を議論したり、意思決定できる機会へとつながると思います。
 地方分権が行われても、保護者などが関わらなければ、不満も問題も解消しないと考えます。

 次に、学力テスト自体についてです。

 子どもの学力や教育の実態把握はこれまで様々な形で行われてきました。ですから、何が問題かということはこれまでにいくつも、何度も指摘されてきています。それなのに、今になって実態調査というのは全く理解できません。
 また、国が行った今回の学力テストと地方で行われてきたものとどれほど違いがあるでしょうか。あるとしたら、多額な予算など資源を学力テストにつぎ込むことができるということだけではないでしょうか。
 また、今回の学力テストで40数年前と比較するすることは期待できないと思います。正確に言えば、比較できても得られるものは少ないと言うべきかもしれません。様々な変化があり、点数の高低だけで簡単に比較できるものではありません。ですから、そういうことは期待できないと思います。
 全国学力テストについては、ここで何度も書いてきたので、あまり繰り返したくないのですが、もう少し。
 今回の学力テストは、やってみなければ何も始まらないとか、何も分からないということで行うようなものではないと考えます。これまで実施されてきた地方ごとの学力テストで指摘されてきた問題をどうすれば解消できるか、そういう施策を実施することこそ必要なことであると思います。ですから、そういう理由だけで多額の予算などをつぎ込むのは間違っていると思いますし、学力テストの内容等を見ても、これまで指摘されてきた問題以上のものが見えてくるとは思いません。それは、全国規模であるかどうかに関わらずです。
 

 今後もコメントしていただければ、出来る範囲で返答いたします。