一つの試論として

 http://d.hatena.ne.jp/kaikai00/20061104/1162603257
で書いた足立区の取り組みについてもう少しだけ書いておきたい。hiroyaさんのブログ
http://sqs.cmr.sfc.keio.ac.jp/tdiary/20061104.html#p02
http://sqs.cmr.sfc.keio.ac.jp/tdiary/20061105.html#p01
で指摘されていることも踏まえて次のようなことを提案したい。
 足立区の低学力の問題を私は次のように分析している。足立区の低学力の問題は、学習指導要領の改訂に伴う、学習内容と学習時間の削減が要因であるというより、子どもを取り巻く家庭や社会などの背景が要因となっていると考えられる。
 その前提に立てば、学習内容と学習時間を増加させるという政策をとっても学力向上には結びつかない。必要なことは、学力に影響を与えている内的要因と外的要因とを析出し、両方をターゲットにした施策を実施することだ。
 まず、ここで言う内的要因と外的要因というのが何を指すのかということについて書いておきたい。ここで言う内的要因とは、学校内の要因、つまり、学校内の雰囲気や教員の指導などを指し、外的要因とは、家庭状況や社会状況などを指す。
 今回、足立区は都と区が実施する学力テストの結果に応じて予算を傾斜配分するという取り組みを明らかにした。まず、なぜそれに批判的な立場をとるかという理由をまず述べたい。
 一つ目は、都や区の実施する学力テストだけでは、低学力の要因は明らかにできないということ。また、単年度の結果のみで判断することは、学校が取り組んだ結果の「伸び」を見ることができないこと。
 二つ目は、hiroyaさんがコメントで述べられているような戦略的な見通しがこの取り組みにはあるとしても、使える資源が限定されているなかで現在既に存在する格差を解消するには、資源を下位校により集中させることが重要であり、今回の取り組みはそれとは逆になっているということ。
 この二つが、足立区の取り組みに批判的な立場をとる主な理由だ。
 先程、「必要なことは、学力に影響を与えている内的要因と外的要因とを析出し、両方をターゲットにした施策を実施することだ。」ということを述べた。
 まず、外的要因についてだが、これは教育施策だけでは対応できるものではない。外的要因を取り除くためには、教育施策を含めた幅広い政策が必要だ。それは、私などが、ここで提案できるような簡単なものではないので今回は内的要因についてのみ提案をしたい。
 内的要因を取り除くための施策としてここで提案したいのは、「効果のある学校」論を枠組みとした施策の実施と、恒常的なAssessmentの実施というものだ。
 まず、『学校臨床研究』2003年3月東京大学 鍋島祥郎「第4章 社会集団と学校効果 学校の効果」より引用しておきたい。

 エフェクティヴ・スクール論とは、人種・階層的背景による学力格差を克服しうる学校の力を「学校効果(school effectiveness)」と呼んでこれを測定し、さらにそうした効果を生む要因を学校間比較によって抽出しようとする研究の流れである。
 たとえば、エドモンズの研究では、以下の諸点が、効果のある学校の特徴として指摘されている。1.学校を統括する者の強いリーダーシップ、2.すべての子どもたちに対する高い期待、3.安全で秩序があり、かつ、硬直化していない学校の雰囲気、4.基礎的な学力の獲得を最優先課題としていること、5.他の課題からこの優先的課題にエネルギーをシフトしようとする意欲、6.生徒の達成度の恒常的な把握(Edmonds,1979)。
 また、イギリスのエフェクティヴ・スクール研究の第1人者であるモーティモアは、同様に以下の諸点を指摘している。1.生徒への高い期待、2.学力向上の強調、3.教職員による認識と目標の共有、4.学校統括者の明確なリーダーシップ、5.有効な指導的マネッジメントチームの存在、6.アプローチの一貫性、7.授業の質の高さ、8.生徒を中心に据えるアプローチ、9.保護者の参加と支援(Sammons,Thomas,Mortimore,1997)。
 ここでは、エドモンズの方法論にしたがって、「効果のある学校」を探してみよう。氏の手法は outliers analysis と称されるもので、集団間格差を乗り越えている特異な学校があるかどうかを探し出す方法である。その手続きは、以下である。
 1. 70点を学校が目標とする水準と仮定し、70点通過率を各校ごとに集計する。
 2. 全体の70点通過率よりも低い学校は除外する。
 3. 残った学校で集団ごとの通過率を集計する。
 4. いずれの集団間比較においても、不利な側の集団の方が通過率が高いもしくは同じという学校のみを「効果のある学校 effective schools」とする。

 この効果のある学校論を枠組みとした施策の実施。例えば、子どもに目標を持たせ、その実現に向けた学びを展開すること。校長などのリーダーシップ(ここで言うリーダーシップは都教委が推進しているようなものとは異なるもの)によって教職員間の同僚性を高め、校内の実践研究を活性化させること。学校の実践への保護者や地域住民の参加と支援を促していくことなどがある。
 そして、その施策の立案と実施、その後の改善とを可能にするために、恒常的なAssessmentを実施すること。引用した鍋島氏の論文によれば、「効果のある学校」であるかどうかを見るために学力テストが用いられる。しかし、実際にはそれだけでは施策の立案と改善はできない。
 必要なことは、数値目標を掲げ、その達成度を評価するというものではなく、必要なときに必要な評価がその時々に応じた方法で実施され、それを基にして必要な対策が講じられる環境を作ることだ。
 そのためには、評価方法を限定しないこと、評価の際に子どもとの対話を取り入れること、教員などが設定した目標を絶対視せずに、それも見直しの対象とすることが必要だ。
 そしてもう一つ、予算を上位校に傾斜配分するのではなく、人的、物的資源の配置、予算の配分を下位校に重点的に行うことだ。
 学校選択制と今回の施策とが同時に実施された場合、これは教育バウチャーのとほぼ同じことをやるということであり、バウチャーの場合と同じように階層化をより推進することになる。上位校は元々学力テストで好成績をだしていて、そこには人気が集まりやすく、人と資金が集中しやすい。それに対して、下位校では人と資金とが減っていくことになる。そうなると、元々あった格差を縮めることが困難になる。その格差は、後に資源が投入されても簡単に縮まるものではない。
 それは、今回の足立区の取り組みが、学力テストで好成績の学校の取り組みなどを、下位校に後に広めていくことを前提としていたとしても、学校選択制で移動した子どもたちなど、それまでの期間に失ったものを取り戻すことはできないからだ。
 ここまでが今回提案したいことだ。長くなりすぎるのでこれくらいにしておきたい。
 前回のエントリーでコメントをいただいた。今回のエントリーでは、それにあまり答えることができなかったのではないかと思う。私自身まだ、考えがまとまっていないところもある。今後もまたこの問題について書くことがあるかもしれない。ぜひ問題点などについてコメントしていただけると嬉しいです。