教師論の矛盾

 
ISBN:4130513001:detail
佐藤学「教師文化の構造‐教育実践研究の立場から」の冒頭で佐藤氏は次のように述べている。

 一般に語られる教師文化は矛盾に満ちている。人々は、教師の権威的体質を批判しながら、厳格な教育を要求し、教師の偽善的ふるまいを批判しながら、高潔な倫理と私心のない献身性を讃えている。また、教師の学問的意識や教養の不足を嘆く声の一方で、学識よりも人格だという俗論が後を絶たず、教師の保守意識を嘆く声の一方で、政治意識の過剰に対する警告が「中立性」を盾として繰り返される。さらに、教師の同族意識が批判される一方で、職場における連帯の欠如が問題にされ、専門的な知識や技術の不足を嘆く声の一方で、教師は専門家でなく一般人であるべきだという意見が述べられる。これら矛盾に満ちて語られる教師文化の実態と規範をどう理解したらいいのだろうか。

 佐藤氏が指摘しているように、よく語られる教師論は矛盾に満ちている。これは、右派か左派かに関係なく共通している。そして、他国でも同じような教師論がある。
 近年、教員の資質を問う声が大きくなってきた。しかし、こういう教師論の矛盾を指摘し、その矛盾を解消しようという動きはほとんど無い。未だに矛盾に満ちた教師論が幅を効かせ、そこから出発する教師の資質向上のための施策も矛盾に満ちたものになっている。
 教師論の矛盾の問題は、長い間放置されてきた。そろそろ、そこに目を向けても良いのではないかと思う。